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どれほどの時間が経ったでしょう。
ドアに付いたベルが来客を知らせました。
「いらっしゃいませ」
私が声を掛けると、猫が顔を上げました。
「やあ、こんにちは」
常連と言っていいお爺様です、上原様とおっしゃいます。いつも質のいいスーツをお求めになられます、お目が高いので私は気が抜けません。
「おや珍しい、猫などいつから?」
私の膝の猫を目ざとく見つけてくださいました。
「いえ、雨宿りの猫でして」
私が立つより先に、猫は私の膝から飛び降りました。
まるで先導するように上原様の方へ歩いていきます、早くも看板猫の役目を果そうと言うのでしょうか。
「雨宿りか、いいご身分だな」
上原様は猫を見詰めながら言います。
「ええ。でも可愛いなと思いまして、変に情が」
その時猫はするりと上原様の足元を抜け、外へ飛び出しました。
「あ、雨が……!」
また濡れてしまう──言って慌てて外を見ると、なんと雨は上がっていました。
水たまりに日差しが当たりキラキラしています。
猫の足がその端に触れると、煌きは更に増しました。
「止んでおるよ、だから儂は来たんだよ」
「──そうでしたか」
あなたは本当に雨宿りに来たのですね、ええ、大丈夫ですよ、ほんのひと時でも楽しかったです。
そんな私の気持ちを読み取ったのか、猫は足を止め振り返りました。
「にゃーん」
一際可愛い声を上げてくれました、お礼のつもりでしょうか。
でもすっと前を向くと、軽やかな足取りで去っていきます。もう未練などないとでも言いたげに。
何処へ帰るのでしょう。住処か縄張りか、仲間の元でしょうか。
あるいは本当の主人のところへ?
束の間でしたが、楽しい時間をありがとうございました。
*
しばらくして、店頭のショーウィンドウに小さな平皿を置きました。
油性ペンで『Taylor』(テイラー・仕立屋)と書かれた皿は、先日の猫に水をあげた時のものです。
単に店の宣伝と、皆さんお思いでしょう?
違いますよ、あの子の名前です、このお皿はあの子専用にしました。
また雨が降ったらいらっしゃい、今度はおやつを用意して待っています。このお皿が目印ですよ。
いつでも、お待ちしています。
終
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