第四話 文化祭ー朝ー

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「五十嵐くん。メイクする前に着替えてほしいんだけど……」  教室の隅で不機嫌そうに座っていた五十嵐に薫が声をかけた。その言葉に五十嵐の表情はさらに曇る。そして、薫を睨みつけた。 「ハァ? テメェが先にやれよ」 「えっ? いいけど……じゃあ、先に僕が準備終わらせるよ。一緒に来て。みんなを驚かせたいからさ」  そういうと薫は二人分の女子制服と美奈のメイク道具を抱えて五十嵐の腕を引っ張って教室を出た。もちろんこのメイク道具は薫本人のものであるが、そのことを知っているのは美奈だけだ。最初は抵抗した五十嵐であったが、薫の腕を振り払うのが容易ではないと分かると、次第に力が抜けていった。  されるがままの五十嵐を薫が連れていった場所は男子更衣室であった。 「今日、ここを使う予定はないから大丈夫。鍵はこっそり借りてきちゃった」  五十嵐の眼前で鍵をふらふらと揺らしたかと思うと、その鍵を使って中へとはいり、そして、内側から鍵を閉めた。 「ちょっとそこのベンチで待っててくれるかな。すぐに終らせるから」  そう言って扉と同じ列にあるベンチに五十嵐を座らせ、自分はロッカーを挟んだ裏側に回った。この更衣室にはロッカーが四列配置されている。両壁に一列、その中心に背中合わせで二列だ。そして、壁のロッカーと真ん中のロッカーの間にベンチが並べてある。  二人の間には沈黙が流れる。音という音は時折薫の鳴らす衣擦れの音やカチャカチャとプラスチックがぶつかるような音だけである。校舎の騒然とした感じが嘘のように静かな空間に五十嵐は気が狂いそうであった。なぜ自分が最も嫌いな生徒会長とここにいるのか。やりたくもないことを無理やりやらされなければならないのか。勝ち組である自分が、なぜ。  その間の時間は実際には十数分。けれど、五十嵐には途方もなく長い時間のように感じていた。 「五十嵐くん?」  その言葉に意識が現実に引き戻される。そして、自分の顔を覗き込む人物にひどく衝撃を受けた。なぜこの人がここに――
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