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「ごめんね、五十嵐くん。またお願いがあって来たんだけど」
嫌味が届いていないかのように純粋に返す薫。初めの頃はこれで一瞬怯んだが、五十嵐ももう慣れたものだ。
「さっさと用件言えよ」
「ここの掃除当番の子が掃除できなくて困ってるんだ。場所を移してくれないかな」
「ハァ? んで俺が動かなきゃなんねぇんだよ。ソイツらがオレがいなくなってから掃除すりゃあいいだろ」
「そういう訳にもいかないよ。彼らだって時間は有限なんだからやりたいことがあるんだ」
「俺に直接言えねぇ時点でんな腰抜けどもの時間なんかいらねぇだろうが。時間が惜しいんならオレに直接言えばいいだろ。言えるもんならなぁ」
心底人を馬鹿にしたような笑みを浮かべ、傍らの女生徒の腰を抱き寄せる。取り巻きたちも同調するかのように笑みを浮かべるだけだ。
沸点の低い美奈が思わず前に出そうになるのを薫が制す。だが、その薫も限界が相当近いようだった。
「分かった」
薫が小声で美奈に何か指示を出した。それに頷いた美奈は教室を出て、廊下で固まっている生徒たちのところへと向かった。そして、少し間が開き、生徒たちは後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。
「……何考えてんだテメェ」
「たった今ここの掃除当番は僕が引き受けた。つまり僕はここを責任もって掃除しなければならない」
「それがどうしたってんだ」
「君たちがいると掃除出来ないんだ。帰ってくれないか」
「ハァ?」
五十嵐が怪訝そうに顔を歪める。
「もう一度だけ言う。今すぐ帰れ。さもないと僕は実力行使に移す」
「ハッ。やれるもんならやってみろよ」
「僕は警告したからな」
そう言うと薫は不意に五十嵐に近づき、五十嵐の足元の鞄を掴み上げると、ぐるんぐるんと腕を振り回した。そして、スピードが乗ってきた頃、鞄は薫の手から放された。窓の外へと。
「オイ! 何しやがんだテメェ!」
「ほら、早く取りに行きなよ」
「ふざけんなテメェ!」
「僕もそう気が長いほうじゃないんだ。こう何度も何度も同じことを繰り返されると限界だよ 」
まさかあの温厚な生徒会長がこんなことをするなんて、と女生徒たちがざわめく。周囲に生徒はいないのか、他に聞こえてくるのは部活動に励む生徒たちの声だけだ。
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