(The Top secret)

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(The Top secret)

 ハナショウブの青々しさが未だに残る初夏の時候。一方で真昼の繁華街では涼しげに薫る花よりも、爽快さを伴わない蒸し暑さのみが蔓延する。 この酷暑は近年話題になっているヒート・アイランド現象というヤツだろうか? 鈴木伸一(すずきしんいち)は季節柄のクール・ビズも無視した長袖のスーツを着込み、ネクタイに溜まった首筋の汗を指で軽く拭いながら、いたずらにそう考えてみた。 「いや、ヒート・アイランドの状態は、風の弱い晴れた夜に起きやすいものだ。この熱気はただ単に暑いだけだ」  神経質にもいちいち内意の言葉に対して、鈴木は否定的な独言を吐いて返した。止めどなく流れる汗が、奇妙な独り言の癖を呼ばせる。 「それにしても暑すぎる」  鈴木は首にまとわりつく軛(くびき)のようなネクタイを、堪らず緩めようとした。だが、途中で動かした手を止める。身だしなみの可否はこれからの大事に支障をきたす懸案だ。一瞬たりとも手は抜けない。それにこの汗は暑さが原因というよりは、むしろ期待と緊張を含んだ心理的な発汗なんだ。鈴木は心中でそう自らに言い聞かせ、革靴にじっとりと広がる脂汗の不快感とともに従容(しょうよう)として歩を進める。     
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