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どんなに目をつむっても――――ひたすらに思い出されるのは、いつかの夏の風景。深い青の空を仰げば入道雲、日差しが蝉の音を焦がす。ブロック塀から覗いた向日葵と、名前の知らない植物たちは、長い夏を確かに生きていた。
無邪気に汗をかいたあの頃、私には何が足りていたのだろう。
もう夢から覚める時間なのだと、残酷に現実は告げるが、夕暮れに忘れ物を取りに行かねばならない。
それは記憶の底に埋もれた小石で、いくつもに散乱している。
色は忘れた。形も忘れた。だがあの夏の、やけに淋しい日暮れと蜩の声だけは鮮明なのだ。電信柱の貼り紙と、古い古い社から見えた、懐かしい町並みも。
――――良い子は、おうちに帰る時間。
だんだんと、暗闇が近付いてくる。三角に光が灯って、狭い路地には真昼の余韻も残らない。
そうしてようやく、私は夜が始まったのだと気がついたのだった。
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