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 夜に何を探しているのだろう。  私だけではない。この世界に存在する全てに、等しく、与えられた機。  この世界に存在する全てに、課せられるもの。  そして――――越えるもの。夏は、一種の逃避であった。 *****  田の畦道(あぜみち)を進む。当然、光は自分の持つランタンのみ。しかしその光が、私の心を幾分か暖めた。夜の小川のせせらぎに、蟋蟀(こおろぎ)ばかりが欠伸をする。  ざくざくと砂利が鳴く。暗さに紛れた公園を横目に、小さな記憶の蓋が開いた。  町への近道。朝方、(もや)の中走り、日暮れ、夕闇に追われ走った夏。  ここへ来て、記憶の遥か向こうに潜む夜に気がついた。  町の明かりが遠くに見える。  追憶によると、あれは幼少期の夏を過ごしていた町だ。大きくはない。しかし味のある商店街が魅力的だった。古い店が多く並び、入ってみたいと思いながらも通りすぎる。そんな日々があった。 「おねいちゃん!」  回想は途絶える。現実に引き戻されたような感覚だった。突然響いたその高い声に足を止める。前方、小さな何かが立っていた。暗闇に融解していない――――どうやら人間である。  懐かしい。  触れてもいないのに香が、はっきりと見えていないのに面影が浮かぶ。振れる視界に、ようやくその姿が入った。  ふんわりとした髪の毛は走る度に揺れる。彼女を知っているはずはない。しかし、私は彼女の存在を知っているのだ。 「こんなところで、何してるの?」 「うん、えっと」と声はまた掠れた。 「ハナと一緒に遊ばない? ねえ、おねいちゃん!」  迷子だろうか。  無邪気に笑う姿からは、この暗闇へ一切の惑いも恐怖も感じ取れない。  それよりも強く、強く、彼女――ハナからは、"遊びたい"という思いが先走って溢れている。 「公園いこ! ほら!」  駆け出すハナを追う。よほど楽しいのか嬉しいのか、真っ直ぐにあの公園へと向かっていった。田より小高くなっているその公園を、僅かな光で裸電球が照らしている。低木の植栽は枝葉が伸び放題、手入れは長い間なされていないようだ。
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