手長の目

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「いやあ、さっき私用の財布を掏られてるのに気づいちまったんだよ。まあ大した金じゃねえから構いやしないんだが、その所為」  思いもよらない答えが返ってきた。財布掏られて上機嫌になる奴なんざ聞いたことねえんですがね、本人がそれでいって言うんだったら、構うことないと思ってそのまま話を流しやした。  その代わり、さっきのお返しに、あっしも旦那の昔話をぶちまけたんでさぁ。  先代は立派な店を持つ老舗の菓子屋だったこととか、そこが色々あって潰れて、餓死寸前までいった時期があったこととか、おふくろから聞いたことも含めて話してやったんですよ。  したらお客さん、こっちには度肝抜かれたみてえでしたね。 「そんなに意外かい? 苦労話とはいえこんな奴のだぜ?」  って旦那が聞くと、 「どうして……」  そう呟きながら、ちょっと顔を伏せたんですよ。 「御二人とも、どうしてそんなに笑っていられるのですか? もし私だったら、絶望してしまいます」  やっぱり何か心の奥底に持ってる人だったんですねぇ。客の過去を詮索することなんてしやせんが、そん時の声には、なんだか後悔みたいのが感じられましたよ。     
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