手長の目

5/8
前へ
/69ページ
次へ
「過去なんて、笑い話にする以外どうしろっていうんですかい? そりゃ温故知新、とも言いますがね、今の自分にはそれ以上のものはないじゃありやせんか。あっしはそう思ってますよ」  全てを知らないままに人を励ますってのは、無責任なのかもしれませんがね、時にこういう言葉で心の穴が塞がる人は良くいるもんですよ。  お客さん、ものすごく驚いた顔をしてやしたね。  丁度その時、日の加減を確認した宍甘の旦那が暇を告げてきたんでさぁ。  それを切っ掛けに、この話は終わりになったんですよ。  でも本当に肝心だったのは、この後。  お客さんのほうも、そろそろ出ると言って勘定を済ませたんですがね、そん時あっし、気づいちまったんですよ。  普段からバケモノとかに気を配ってる所為か、こういうのには妙に鼻が聞いちまうんでさぁ。 「その金はあんたにやりやすよ」  歩いていこうとしたお客さんに、あっし、そう声をかけたんです。  するとお客さんは、立ち止まった。背中を向けてたんで顔は見えなかったんですが、包帯を巻いた手が、少し震えてるのは見えましたね。  この女の人、掏摸師だったんですよ。  宍甘の旦那に金を払った時、あっしが財布をどこに持ってるか見てたんでしょうねえ。それで、話してる間のどこかで掏ったんでしょう。     
/69ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加