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「過去なんて、笑い話にする以外どうしろっていうんですかい? そりゃ温故知新、とも言いますがね、今の自分にはそれ以上のものはないじゃありやせんか。あっしはそう思ってますよ」
全てを知らないままに人を励ますってのは、無責任なのかもしれませんがね、時にこういう言葉で心の穴が塞がる人は良くいるもんですよ。
お客さん、ものすごく驚いた顔をしてやしたね。
丁度その時、日の加減を確認した宍甘の旦那が暇を告げてきたんでさぁ。
それを切っ掛けに、この話は終わりになったんですよ。
でも本当に肝心だったのは、この後。
お客さんのほうも、そろそろ出ると言って勘定を済ませたんですがね、そん時あっし、気づいちまったんですよ。
普段からバケモノとかに気を配ってる所為か、こういうのには妙に鼻が聞いちまうんでさぁ。
「その金はあんたにやりやすよ」
歩いていこうとしたお客さんに、あっし、そう声をかけたんです。
するとお客さんは、立ち止まった。背中を向けてたんで顔は見えなかったんですが、包帯を巻いた手が、少し震えてるのは見えましたね。
この女の人、掏摸師だったんですよ。
宍甘の旦那に金を払った時、あっしが財布をどこに持ってるか見てたんでしょうねえ。それで、話してる間のどこかで掏ったんでしょう。
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