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秘密の時間、彼女の代わり
「今も百井とつき合いあるの?」
インターハイの地区予選でテニスのシングルスベスト8という好成績を残して帰ってきた亜瑚が、年中日焼けしている顔をぐいっと近づけ、唐突にわたしに聞いた。
遠慮のない聞き方はいつものこと。けれど、周りに聞こえないように声のボリュームを絞ったところから察すると、彼女は彼女なりに気を使っていることが窺えた。
6月。
暦の上では梅雨だけれど、わたしたちが住む地域では、まだ雨の気配はほとんど感じない。夏服といってもブレザーを脱いだだけの衣替えは、シャツだけではまだ肌寒く、男女ともベージュだったり紺だったりのカーディガンを羽織っていないと、くしゃみが出てしまうくらいには、夏も梅雨も、ほどほどに遠いらしい。
「……。うん、あるよ。よく美術室で喋ってる」
「なによ、その不審な間は」
「いや、今、昼休み中だし。わたし、口の中にいっぱいご飯入ってるし」
「……それだけ? なーんか怪しいんだけど」
「いやいや、ご飯を飲み込むまでの間の何が怪しいのさ」
「う~ん、なんとなくの勘?」
「勘って……。それ、全然当たってないし」
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