キミとの幸せだけを願っています

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帰ってきた日ぐらい、家でゆっくりしたかったのに。 心の中でついた、悪く言えば悪態が母親に届くことはない。 どうせ、藤次郎も出張だ。週明けの出社に備えて充電だってしたかった。 「別にそんな盛大にやってくれなくてもさー…これから会おうと思えば会えるんだから、いいのに」 「そんなこと言ったら、明人がかわいそうよ。あんたが帰ってくるの、一番楽しみにしていたのはあの子なんだから」 「うーん」 煮え切らない返事には理由がある。明人くんの注いでくれる愛情は、ありがたいと同時にとてつもなく重い。だから、あたしは危惧している。 藤次郎との関係について、明人くんからどういう反応が返ってくるのか。 お母さんは賛成派だ。慎平くん、透くんもどちらかと言えばそっちだろう。お父さんは寂しがるだけで、ちょろい。 問題は、やはり次男の明人くんなのだ。 こんな悩みを持てている時点で幸せなのは百も承知なのだが、あたしにとって、明人くんに男女交際の報告をすることは、世の女性が相手のご両親にご挨拶に行くことと同義なのだ。 受け入れてもらえるのかどうか、怖い。 「どうかした?」 背中に悪寒を覚え、思わず身震いする姿に首を傾げる母親。 「蕁麻疹出そう…」 怪訝そうな顔をする母親に腕を引かれ、化粧と着替えを済ませたあたしはタクシーに乗る。とてつもないヴィップ待遇を前に、もはや心臓がはやっているのか止まっているのかも判断がつかなかった。 いや、止まっているわけはないんだけども。 「由宇、」 「んー」 ひたすら窓の外を見ているあたしの名前を呼ぶ母親。 「藤次郎くんと、仲直りした?」 「え?」 「結婚するかも、って人がいたでしょ?あれから、その人とはどうなって、藤次郎くんとはどうなったのかなって」 のんびり屋だと思っている母親は、意外と物覚えもいいし、なぜ今?というタイミングで核心を突いてくることも多い。 つい先日まで、お菓子のキットカットをうまく言えなかった人だというのに。 本当、母親って侮れない。
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