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 梅雨のない季節がこれほど快適だとは。ジメジメとは無縁の空気は適度に潤い、太陽の光を受けて一気に花が咲く。それが過ぎると緑の色が濃くなりキラキラ光る太陽が熱を帯びる。暑い暑いと呪文のように唱える地元の人間に言ってやりたい。東京の気温の中満員電車に揺られ、寝苦しい夜を経験したら、ここがどれだけ快適な土地なのかわかるだろう。暑い?素敵な夏じゃないか。  会社が用意してくれた住まいはワンルーム。収納スペースが充実していて使い勝手がよかった。ストーブは当たり前に設置されているのにクーラーがないことに衝撃を受けた。 同僚に聞くと、暖房をクーラーで賄えるほど北海道の冬は甘くない。そして高価なクーラーを設置するほど夏は暑くない。暑くなる日もあるけれど、ひと夏に数回程度。扇風機があれば事足りるという説明は更に衝撃だった。ここの冬は甘くない。たぶん俺の予想を超えている。  ¥2980の扇風機で充分しのげる夏。そのあとには収穫の秋、味覚の秋が待っているらしい。この土地の人は春と秋を楽しみにしていて、夏と冬を敬遠しているように感じた。あくまでも俺の印象だけれど。  彼の家にもクーラーはない。扇風機がウィ……ンと首を振っている。  寒い春に始まった俺達の関係はまだ続いているけれど、後退しないかわりにちっとも前進していない。相変わらず彼は寂しそうに微笑むし、空を見上げることを止めないから。  だから身体を重ねる時、俺は精一杯言葉にならない想いを指先にのせる。唇は言葉の代わりに熱を伝えて俺の気持ちが少しでも移りこまないかと期待する。  そして心の中で問う。『好きになってもいいの?』 「あぁ」  ほどけた唇から洩れた吐息は俺を熱くする。それなのに俺を見詰める視線に向き合うたび、俺の身体を突き抜けて向こうの誰かを見ているのかと心が沈む。  それでも止められない、俺からはやめられない。  心の中で問い掛け続け、寂しそうな微笑みを貰うのだろう。重なる胸と絡んだ足にどんなに力を込めても俺は彼と同化することはできない。  欲しいと思うのに、届かない。上手く説明できないもどかしさ。何かを伝えるはずの言葉こそが時に「もどかしい」というジレンマを生む。こんなに深く繋がっているというのに。  気持ちを伝える言葉が……いつも足りない。
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