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「……って。そう思わない?」 「今なんて言ったの?」  ベランダに座って月を見上げている彼をボンヤリ見ながら、出逢った日の事を思い出していた俺は聞き逃してしまった。 「聞いてなかったんだ。大事なことじゃないからいいよ」 「音にはなっていた、でも言葉として聞いていなかった。ちょっと思い出していたから」  彼はいつものようにふわりと笑う。それはどこか寂しそうで諦めにも似た柔らかい笑顔。その顔を好きだと思うけれど、もっと違う笑顔がみたい。それは欲張りなのだろうか。    あの日、伴われて彼の家に行き。靴を脱いでいる玄関で言われた。 「僕を抱いていいよ」  家に行こうと言われた時と同じように俺には対処方法が備わっていなかった。このまま靴を脱ぐ作業を続けるべきか、靴をひっかけたまま逃げるべきなのか、それとも他にも選択肢があるのか。  抱き方?抱かれ方?どちらも未経験。淡い何かに心を揺らせることだけをずっと続けて死んでいくのだと諦めていた。だから誰かに請われるなど考えたこともなかった。 「たぶん……できないと思う」 「どうして?」 「したことが……ないから」 「男と?」 「いや、男も女も」  女より男のほうが好きだと打ち明ける必要はなさそうだった。彼は当たり前に男同士でセックスをしようと言っている。そして抱いていいよと言った。 「……君を抱いていいの?」 「ポタージュが温かかったから。ちゃんと教えてあげる」  そして腕をひかれるまま、彼に導かれるまま、俺は初めて人肌の温もりを知った。それはとても温かく、時に熱く、いつもは冷えて冷静が信条の頭さえ沸いたように飛び跳ねていた。    
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