捨てて(恋愛・切甘)

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捨てて(恋愛・切甘)

「俺の為に全てを捨てて」 彼からの唐突な申し出。 静かに彼へ視線を向けた。 携帯を弄ってた筈の彼はいつの間にかあたしを見ている。 「何故?」 彼の為に捨てる理由などあたしには理解出来なかった。 「俺を愛してるなら捨てて欲しい」 「それと何の関係があるのかしら」 吐き捨てた言葉。 それで彼があたしに対する愛が冷めようとも構わなかった。 「俺だけでいいなら捨てて」 「貴方はあたしの為に捨てられる?」 「え?」 「あたしを愛しているならば、貴方も捨てられるでしょう?」 あたしだけが捨てる理由はないわ。 「それは……」 「愛しているならば捨てられるんでしょう?」 「俺は困る……」 その時あたしの中で何かが割れる音がした。 同時に彼に対する冷めた感情が支配する。 「あたしも困るわ。貴方はリスクを背負わず、あたしはリスクを背負って愛せと?」 「そんな事……」 「事実、貴方はそう言っているわ。あたしに捨てろと言うならば、貴方が捨ててみせて」 あたしは、ため息一つで立ち上がる。 彼は不安そうな瞳であたしを見上げた。 「何処行くの」 「帰るの。此処に居ても仕方ないわ」 彼の方に視線も向けずにあたしは玄関へと向かう。 けれど、それは数歩で彼に阻まれた。 彼があたしの手首を強く握って引き留めた。 「何かしら」 「君の愛情、どうしたら戻ってくる?」 「生きる為に必要な物を除いた全てを捨てて再びあたしの前に現れたら、かしら」 それだけ吐き捨て、あたしは彼の部屋を後にする。 期待など微塵もなかった。 それから、一週間。 彼はあたしの前に現れた。 「捨ててきたよ」 「……本当に言っているの?」 「ほら」 差し出されたのは新しい携帯。 登録されているのは仕事関係の数件だけ。 あたし以外の名前は何も無い。 「全部捨ててきた。だからもう一度愛して」 「……そうね」 元々、あたしには捨てる物は無かった。 家族は居ない、友人は数えられる程度。 居なくなっても困らない。 「あたしも捨ててあげる」 「……本当に?」 「その代わりあたしを一生愛すると誓いなさい」 「勿論。その誓いを破ったなら殺して良いよ」 彼はあたしにそう誓ってあたしの手の甲にそっと口付けた。 その光景をあたしはただ見詰めて。 小さく笑った。 捨てて (ちっぽけな欲が満たされた事に安堵した)
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