ニアリーイコール

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「お一人ですか?」 重さを感じない、花びらのような声だった。 顔を上げ、声がした方に振り返るとそこに一人の女性が居た。 座っている俺と目線を合わせるために少し中腰になって、そのせいで前に垂れてきた艶やかな髪を手で軽く押さえている。 唐突のことで、「えっと」と僅かに口ごもってしまう。 「一応連れが何人かいます」 今どこにいるのか知らないが。流石に向かっている頃だと思いたい。 「もしかして場所をとりに先に来られたとか?」 「そんなところです」 俺が答えると女性が柔らかく笑った。 「少しの間一緒してもいいですか?」 一人なの寂しくて、と言われて断れるはずもなく。それに断る理由もなく。 俺は間髪入れずに「ここでよければ」と答えた。 女性が少し視線を左右に動かしたので、俺は「あがってどうぞ」と小さく手を招く。彼女は身を少し身を小さくするようにしながら、遠慮気味に俺が敷いたシートの上に腰を下ろした。 弱い風にすらひらりと揺れそうな柔らかいスカートをまるで枝のような細い手で丁寧に払う。 彼女が座ったことにより、先ほどよりも目線が合いやすくなる。 さっきも見たはずのその髪を改めてみると、艶やかだが珍しくもない色なのに、何故か華やかで鮮やかだと思った。 鮮やか?いや、何も黒が地味だと言うつもりはないが、黒髪をみて鮮やかだなんて思うだろうか。 俺が自身に少し困惑していると、彼女が「良い天気ですね」と咲き誇る桜の隙間から空を見上げた。 「そうですね、風も穏やかですし。花見には丁度いいかも」 「えぇ。風が強すぎるとそろそろ散ってしまうもの」 いくつも敷かれたシートに隠されたその地面にはもう何枚もの花びらが落ちている。もう少し時間が経てばこのシートの上にも花びらは落ちてくることだろう。 落とした視線を再び彼女に向けると、彼女は先ほどと同じように少し上を見上げたままだった。線が細く華奢なその体つきは手折れてしまいそう。そう思わせたのは、多分彼女のその横顔が妙に寂しげに見えたからだ。
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