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「……にしても、やっぱり人が多いんですね」
沈黙が嫌で目に付いたことをそのまま口にした。
彼女はゆっくりと視線を降ろし、周囲を見渡した。そして口元をほころばせながら「そうね」と呟くように答えた。
「この時期はいつもそうなの。他の季節はそうでもないんだけどね」
「もしかして、この近くに住んでるとかですか?」
聞くと、ふふ、と茶目っ気のある笑みを浮かべる。
「バレちゃった? そうなのよ、だからよく気紛れでここに来るんだけどこの時期は格段に賑やかよ」
「……もしかして騒がしいとか思ってます?」
少し気まずいことなので声を潜めて聞くと、彼女は笑みを絶やさずに「全然」と首を横に振った。
「せっかく綺麗な花を咲かせてるんだもの。もっと来ちゃえって思ってるぐらい」
そう言って満開を思わせる笑みを見せた。
俺の周りにはもはや蛮族にも等しい輩しかいないので、彼女の華のような優雅なしぐさひとつひとつに目がとまる。というか、目に染みる。眩しい。
邪気のないその笑みはまるで少女のようだけれど、なんとなく彼女は俺よりも年上だろうと思う。お淑やかそうで大人びて見えるからだろうか。
「……あ」
「ん? どうかしたの?」
「いや……その、連れが来たみたいで」
俺としてはまだこの人と話してみたい。が、いくら彼女のコミュニケーション能力が高くてもいきなり複数の輩に絡まれては手に負えないだろう。約束した手前だし付き合いの長い友人たちだが、なんて邪魔な奴らだ。
「それじゃあ、そろそろお暇しようかな」
案の定、彼女はそう切り出した。
「もうちょっと話してたかったけど、じゃあまたね」
そう言いながら彼女が立ち上がる。そのありきたりな動作にも華があり、どこかで聞いた諺を思い出した。思い出したと言っても、詳しくは覚えていないので口に出すことは出来ない。立てばなんとか――とかいう諺だ。やたらと花の名前が続いていたことだけは覚えているが、その花の名前も思い出せない。桜がなかったことは確かだが。
「また来年も、桜、見に来てね」
彼女は最後に俺の頭に軽く手を乗せて、静かに去って行った。
香水をつけていたのか、ほんのりと優しい香りだけがその場に残った。
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