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ある日僕は円周状の中心にある建造途上区画に足を延ばしていた。そこは未だ無人のエリアで、漆黒の空間の中を夥しい規則的な光の点滅が遥か先まで続いていた。どこまでも機械の低い稼働音しかない空間。この異様な光景に怖じ気付き帰ろうとしたその時、視界の右手に一人の男を見とめた。仰々しい服を無造作に着込み機械のような冷たい表情でこちらを見ているその男は自らをユーリーと名乗り、「クイエー君」と僕の名を呼んだ。"何故僕の事を知っているのか"と一瞬疑問が過ったが、よく見ると温和そうな顔付きだったので少し安心した。彼はこの区画の管理者だという。彼は僕の背の円筒状の物体から伸びた表示盤に目をやった。あれ、さっきまで目まぐるしく動いていた表示盤の数値が止まってる..。ともあれ彼に促されこの空間を散策することになった。彼は歩きながらこの星の歴史を語ってくれた。最初の探査船がテーブルマウンテンへと降臨した話、防護壁がはじめに築かれ後に内部に僕達が住むトラペゾイドエリアが構築された話。何もかも興味をそそる内容だった。気を良くした僕はつい自分の境遇についても話し出していた。自分にとってこの世界が異質なもののように感じること、現実というものの重みを実感できないこと、などなど話は尽きなかった。こんなに沢山話をしたのは久し振りだ。ユーリーは話を軽く頷きながら聞いていた。彼は言う。「それは君の自我が今ここには無いからだ」と。返答に戸惑う僕の首に手を当てるユーリー。突然網膜に膨大な映像の奔流が流れ込んできた。僕は頭が真っ白になっていく中で意識を失っていた。
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