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〓天体編2章. 西暦2070年、アポロ計画から既に1世紀、人類は再び月面に一歩を踏み出した。新アポロ18号の着陸地点は灰色の月面に因みグレイポイントと呼ばれルージュポイントと呼ばれたかつてのアポロ11号到達地点と共に月面政庁の首都となった。クイエーはジェノ、ミューと共に月面都市内の郊外区画で暮らしていた。彼らはごく一般的な月面住民で、義務として三次教育課程の課題研究に取り組んでいるところだった。ミューは女の子らしく不老(アンチエイジング)について興味津々であり人工組成体を研究課題に選んだ。ジェノはスプートニク号の物語を読んでよりいつの日か外宇宙に行きたいと願っていて転送粒子構造を研究対象とした。宇宙についての興味はクイエーも同様だった。彼は月面から見える地球を眺める度に宇宙への情熱を掻き立てられていた。あの宇宙の果てまで行ってみたい、そう思っていた。それで彼は人間存在を光データに変換する通称光合成の研究に取り組むことにした。彼らの研究は月面政府機関の支援を受けていた。それはこの時代の研究生には普通のことであった。もはや一人一人が同じような研究を一から始めるようなことはなく人類が過去に蓄積した諸知識は外部脳端末から各人に提供されるようになっていた。加えて資金は全ての有用な研究に投下される代わりに全ての有用な情報は政府に一元管理された。人類の技術的進化と宇宙進出に備えた人口の確保とが月面政府の至上命題とされていたのだ。光体研究はこれまで幾度もなされてきた。だがその度に現在の人体と光体の自我の同一性が問題となってきた。倫理上の問題なのでなかなか結論が出せずにいたのだ。推進派の研究者達は度重なる計画延期に忸怩たる思いでいた。彼らは光体研究こそが迅速なる宇宙開拓の一歩だと確信していた。推進派はデータベース上からクイエーのことを知るとクイエーの研究を援助し始めた。その甲斐あって光体精製装置は予想外に早く完成した。彼らはいざとなったらクイエーが光体化に躊躇するのではないかと危惧したがその点クイエーは年齢相応に無鉄砲であった。彼は平然と光体シリンダーの中に入っていった。
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