就職

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 壁に背を預け、行き交う人の群れを眺める。背中を伝う汗が、まだ暑さの残る季節であることを教えてくれた。 「…あっちい」  ラフな格好をしているのに汗をかくほど暑いのは、眼前に広がる人混みのせいもあるだろう。ひしめき合ってる訳ではないが、休日の活気ある通りは見てるだけで熱を感じる。  一つ息をついて壁から背を離す。通りを歩く大抵の人達同様、俺にも目的がある。いつまでも壁のひんやりとした心地好い温度を享受していてはいけない。  肩から斜めに引っ掛けた愛用鞄の中身を確認する。今、俺には金銭的余裕があまりない。あるにはあるけど、ない。さっさと稼ぎのいい仕事を探さなければいけない。  といっても稼ぎがいいだけではいけない。真っ当な仕事で尚且つ自分が働きたいと思うような職場でなければ。 「そうあるもんでもねーよな。」  わりと無理を言って親元を離れ、自国の首都までやって来たのだ。それまでの結構濃い長旅の間一度も連絡できていない。  どうせなら『首都に着いたよ!』なんて可愛らしいものではなく、仕事を見つけて初給料とともに頼りがいのある連絡をしたいのだ。  考えを巡らせながら、人の流れに沿って通りを進む。  俺くらいの年の奴が走ったり、友人同士で楽しそうに出歩いているのが目に入って、思わず眼を細めた。  そもそも金を稼ぐのに職場を探す奴は多くない。家族経営が殆どだからだ。仕事はギルドで依頼を受けるのが主流だ。  俺は働きたいのだから討伐依頼ではなく街内依頼を受ければ良い。分かってはいる。しかし、依頼というのは安定した職とは言えないし、何より俺は俺に合うオンリーワンな仕事がしたいのだ。  とまあ高い理想を心に抱きながら歩き回っていたが、視認するだけでは分かることも少ない。  ひとまず、目に入った串焼きの屋台に足を向けた。 「串焼き3つ。」  この暑いのに煙にまかれて真剣な眼差しを串焼きに向けていたおっちゃんは、俺の声に小さく頷いた。ガタイが良いと言うか、屈強な体つきをしている。そんなおっちゃんの太い腕によって串焼きにタレが塗られていく。香ばしい匂いが広がった。 「おらよ。」 「有難う。」  甘辛いタレの匂いが鼻孔をくすぐる。この店特有の味付けだろう串焼きを大変美味しく頂いていると、鞄がモゾモゾと動いたので軽く叩いておいた。 「ねぇ、おっちゃん。この辺に求人募集してるとことかない?」 「知らん。ギルドの掲示板でも見てこい。」 「ギルドの依頼じゃなくて、長く続く仕事ない?」  おっちゃんは俺の言葉に少し驚いた様に目を見開くと、しばし考える素振りを見せてから口を開いた。
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