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 従兄弟が、しばらくうちに住むという。 「いいけど別に」  音質そこそこのヘッドフォンで耳を塞ぎながら言うと、 「こらっ! 敦(あつし)、ちゃんと聞きなさいよ」 「母さんうるさい」  薄いグレーのブレザーを掴まれ、ヘッドフォンもむしり取られた。横暴な母親の後ろから、 「すまんなー! うちの親はこれから出張だし、こっちの方が学校に近いからって、朝っぱらから押しかけて」 「いーのよ順次(じゅんじ)くん。いーのよ」  敦は見上げる。順次は筋肉のたっぷりついた、壁みたいな従兄弟だった。目の前に立っているだけで、むわっ、とした匂いと熱を感じる。暑苦しい。  でも、悪気のない大声と言動は、まるで大型犬みたいで、別にきらいではない。 「ごめんな、敦」 「別に。それより部活は? 朝練あるんじゃないの」 「ある!」  叫んで、修学旅行みたいなサブバッグを敦の母親に預けてから、順次が外に出る。学校指定の鞄を通学用の自転車のカゴに突っ込んで、半身で振り返った。 「乗るか?」 「いい。朝練ないから歩いてく」  順次はそうか、と応えて、一気にペダルを踏み込んだ。自転車の踏み込みの、一歩が、重い、のが見ていてわかる。     
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