その桜の木の下で

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──美しいもの、というのは、どれ程の時が経とうとも色褪せないものだ。 そんな言葉を思い出したのは、恐らく今、その瞬間を、目の当たりにしているからだろう。 様々な思いが沸き上がってくるのを感じながら、軽く手を伸ばせば届きそうな程の距離を保ち、私は口を開く。目前で佇む、彼女に向かって。 「……元気かい?」 震える声が紡ぎだされた。自分自身予期しなかったその言葉は、いっそ笑い飛ばした方が良いくらいに弱々しい。狼狽えているのか、どうなのか。自分のことなのにわからなくなりそうだ。 「……元気よ」 少し癖のついた短い髪を風に遊ばせ、彼女は言った。その背後に聳え立つ大木からは、桜の花が際限なく散っており、彼女の美しさを、神秘さを、際立たせている。 なんと美しい光景か。 目尻に溜まる涙に気づかぬフリをし、片足を前へ。片手に持った杖を頼りに、既に歩くことすら億劫な足を力ずくで動かした。 一歩、二歩……。 徐々に近づく距離間に、なんとも言えない幸福感が膨れ上がる。 「元気だった?」 「ああ、そこそこな……」 「そう。随分と弱ってしまっているように見えたから、てっきり元気はなくしてしまったのかと……私の勘違いだったみたいね」 僅かばかり肩をすくめて語る彼女は、私から離れるように二、三歩後退。柔く微笑み、身に纏う白のワンピースの裾を、両手で少しだけ持ち上げる。そのまま優雅に腰を折り、頭を下げる様からは、彼女の育ちの良さが垣間見えた気がした。 「どうして逃げる?」 「逃げていないわ。遠ざかってるだけ」 「ならなぜ遠ざかる? 少しくらい、近くに寄っても構わないだろう?」 「ダメよ。寄れば寄るほど、あなたは帰れなくなる。それはいけないわ。だって、あなたにはまだやるべきことが残ってる」 そう言うと、うつ向かせていた頭をあげ、彼女は優雅に微笑んだ。愛しさと慈しみ、そしてほんの僅かな拒絶を含んだその笑みに、私の足は自然と止まる。ここから先に、行ってはいけないと。まるでそう、言い聞かされているように。
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