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仕事が終わり、いつもの花屋で桜の枝を買い、黒沢先生のところへ向かった。
年々、卒業式後は、早く行きたくて仕方ない。
仏花の刺さった瓶へ、枝を差し込む。1枚、桜の花弁が、陽介の手に触れた。買ってきた桜の花弁ではなかった。
今日もまた、墓地の周りの桜は満開だ。ひらひらと夜風に揺れて、散り、舞う。
もう少しすれば、ここの桜も卒業生を見送った桜も、花がなくなり、葉のみになるだろう。
花は、ずっと咲き続けることが、できない。
陽介はしゃがみながら、手を合わせる。
そして、寂しさを交えた笑みを、墓石へ向けた。
「先生…。あの時、アンタもこういう気持ちだったのか…?」
連絡を絶った陽介へ、黒沢が何も連絡して来なかったのは、寂しさや悲しさがなかったわけではなかったのか。
「…先生…、ごめんな」
何度目かの謝罪を呟きながら、陽介は痛々しそうに顔を歪め、片手で覆った。
黒沢の顔が浮かぶのと同時に、樹の顔も浮かんだ。声も、体温も、何もかも。今の自分には分からない。記憶の中でのみ繰り返され、更新できない。
これは、黒沢と同じ事をした罰なのか。それとも、あの若い日、黒沢を捨てた罰なのか。
自然と目尻に涙が浮かぶ。
「ーー、会いてぇよ」
無意識に呟いていた。
ひどく弱々しい声音だった。
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