◆一.

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◆一.

 3月と11月、京都がもっとも賑わう月だ。  3月は春の桜に彩られる鴨川を、11月は秋の紅葉に染まる山々を。  どちらも目を見張るほどの美しさだけれど、やはり京都の春は私にとって特別だった。  混雑の中、レンタサイクルを押してゆっくりと白川疎水通りを抜けていく。年季の入った自転車はブレーキを引くたびに、キキキと耳障りな音を立てる。左手に嵌めた婚約指輪が、春の日差しを受けて時折キラリと光る。まだ慣れないその輝きと存在感。  結婚式を1か月後に備え、最後の一人旅とちょっと高志に無理を言って挑んだのがこの京都旅行だった。高志は少し私のことを心配しすぎだ。  10年ぶりに訪れる京都は、何も変わっていなかった。両側に並んだ出店からはベビーカステラやお好み焼きの香ばしい匂いが漂ってきて、食欲を刺激する。  我慢我慢、と満開の桜の中を進むうちに白川疎水通の終点、銀閣寺橋に辿り着いた。このまま進めば銀閣寺参道だ。  多くの参拝客がいる中、自転車を押して参道を登る人なんて、一人もいない。少し見渡せば、「銀閣寺観光駐車場」という表示が左手に見える。看板の古ぼけ方からきっと10年前だってここに在ったんだろう。  回れ右して、私は哲学の道に入っていく。思い出の桜はもう少し先のはずだ。  まだ早い時間だからか、参道に比べれば人気も少ない。  それでも私は跨ることなく、ゆっくりと自転車を押していく。  はらはらと舞い落ちる桜の花びらが、私のベージュのスプリングコートに何枚か引っかかりアクセントを添える。その光景が、私に10年前の記憶を思い起こさせるのだった。
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