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無論――僕に拒絶できる道理はない。
「うん……」
見様によっては
照れたように可愛らしく頷くと
「じゃあ行こう」
九条さんは腰に回した手に
ほんの少し力を込めて僕を引き寄せた。
強引にではなく
いつもと同じようにあくまで優しく紳士的に。
空港を出ると九条さんは素早くタクシーをつかまえた。
しかし乗り込んだタクシーの中でも僕らは無言のままだった。
それは心地のいい沈黙とは言い難く
(何か話さなくちゃ……)
話を切り出そうとすればするほど僕の沈黙は深まった。
怖いんだ。
何をどう切り出すのも。
改めて愛という存在に触れる時
僕は驚くほど無知で臆病になる。
それを察してか。
九条さんは前を向いたままただ僕の手を握っていた。
温かく時折撫でるように――。
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