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いやむしろ――と彼は続けた。
「むしろその時はあの秘書と君の事も――僕を騙すために仕組まれた戯れ事であってくれればと」
唇の端が自嘲気に綻ぶ。
「甘かったよ――次の瞬間、覆面男が薄井に馬乗りになってナイフを振りかざした。とても静かに素早く何度も。血飛沫が飛んでも君は静かに眠ってた。だからまだ僕は信じちゃいなかったんだ。タチの悪い天宮家の戯れだと思って――」
「ちょっと待って」
そこで僕は息を飲んだ。
カラカラに渇いた喉からやっと出た声だった。
「天宮家の戯れ――?あなた今そう言ったの?」
九条さんは真摯な顔で頷いた。
「ものの1分もたたずに男は踵を返して、物陰に隠れた僕の横を通り過ぎて行った。覆面を外しながら」
息苦しくなってきて
僕はシーツの中で足掻いた。
「僕は見たよ――征司くんだった」
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