第3章 パンドラの箱

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「啓介、珈琲冷めないうちに飲んだら」  俺が新聞を読み入っているのを邪魔するあみの声がした。あのホテルで、心臓発作で死亡した男が発見されたという記事が載っていて、同伴者を現在捜索中とあった。 「なんて顔してんの?」と、あみが俺を見ていた。 「どんな顔してた?」と、顎を撫でながら答えると、あみは俺のマネをして大仏のような半開きの目つきになる。こんな表情もできるようになったのだ。喜ばしい変化だ。 「ちょっと、気になるニュースがあったもんでな」 「あ、っそう。昨日、寝る前に電話が来たんだけど急いでるって言ってたよ」 「はいよ。あとで電話しておく」  あみが買ってきてくれた焼き立てのパンを食べて、少し冷めた珈琲を飲む。この事件のせいですっかり忘れていたが、スーツの懐から出したA4の紙のことが過った。  目の前で単語の書き取りをするあみの伏目がちな表情を見て、嫌な予感がした。 「なに?さっきから、変な視線投げてきてる」 「いや、なんか見る度に印象変わってるなって思って」 「…印象が変わる?」  あみは首を傾げた。子犬でも子猫でも、餌を前にしてすぐくれないご主人様に首を傾げておねだりをするような印象があったが、あみのこの癖はまさにそれを連想させる。俺は男だが、母性本能が擽くすぐられると言う感じに近い。一緒にいるだけで心が満たされる気がするんだ。それは恋人の佳純ととは明らかに違う全く別の感情のように思っている。やはり、娘として俺はあみのことが大事な存在になってしまっているんだ。それを、わざわざ壊すような真似をしたいとは思わない。
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