第3章 パンドラの箱

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 自分の夫がラブホテルの室内で全裸で絞殺されて死んでいたなんて、気の毒だが。遺体が発見されていない俺に比べたら、全く持って羨ましい限りだ。  依頼人の自宅の食卓テーブルに並べた写真を見ているのは、依頼人と刑事だった。一連の流れを写真と動画で確認しながら、死亡推定時刻の丁度その頃、不審な動きをして一人で帰る不倫相手の女の顔をばっちりと捉えていた。この画像と映像は正式な証拠として採用されることになった。奥さんは青白い顔をして、特に泣いたり取り乱したりせず、肩を落として機械的に「まさかこんなことになるなんて」と繰り返しブツブツつぶやいていた。  「彼女は知り合いですよね?」と、俺が聞くと。  「はい。彼女はうちのお向かいさんです」と答える。  刑事は早速家の周辺に包囲網をかけて、容疑者確保のためにインターフォンを鳴らした。髪を切り、赤茶色の髪を黒く染めた女が出てきてとぼけている。刑事の一人が俺の依頼人に「彼女に動画を見せても良いですか?」と聞いてきた。依頼人は「はい、どうぞ」とどこか壊れてしまったゼンマイ仕掛けの人形のような抑揚のない声で返事をし、ソワソワとしていた。  刑事に背中を押されて戸惑いながら依頼人宅、もとい。被害者の男の自宅に誘い込まれてやって来た容疑者の女は、俺が撮影した写真と動画をノートPCの画面を睨みつけるようにじっと息を殺して見届けた。そして、観念したのか刑事に両手首をくっつけて差し出した。手錠をかけられてから、やっと周囲をきょろきょろと見渡し始めると俺と目が合う。精気のない瞳には真っ黒い深淵がこちらを見ている気がするほどだった。嗚呼、この女二人共同じ目をしている、と俺は思った。 「元、刑事だったね。たまたまだったけど助かったよ。ありがとうさん」と、やけに明るい声で感謝されて、俺は俺の日常に戻ってきた。
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