包まれた夏

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包まれた夏

「トキオ選手の得意な自由形での金メダル、おめでとうございます!」 15歳の若きスイマー、高島トキオに世界各国のカメラマンが群がる。 「この金メダルを、一番最初に誰に掛けたいですか?」 「はい。今日もスタンドで応援してくれて、これまで男親一人で育ててくれた父に掛けたいです」 カメラのフラッシュが更に輝く。 「トキオ選手の強さの秘訣はなんですか?」 「はい。ボクがまだ幼い頃に他界した母が、今でも応援してくれている感覚があるからだと思います」 インタビューアーは歴史的なヒーローの登場を、未来にも期待して質問を重ねる。 「いつ頃から水泳を始められたんですか?」 「小学一年生の夏からです」 ・・・10年前 「トキオ、今日も風呂を準備してくれたんだ。ありがとうな」 来年から小学校に上がるトキオの頭を父親が撫でた。 「こんな暑い日はシャワーでも良いんだけど、トキオは本当に風呂が好きだなぁ」 仕事から帰る父を待つ間、風呂を丁寧にピカピカに洗うのがトキオの楽しみになっていた。仕事と家事に励む父親を、少しでも助けたいと幼いながらに感じているようでもあった。 2年前、トキオが3歳の誕生日を迎えた翌日、トキオの母親は天国へと旅立った。あの日まで、トキオは母親の愛情をしっかりと受けた。それでもトキオにとって母親の記憶は、ほんのわずかしか残っていない。
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