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「トキオはなぜ風呂が好きなんだい?」
夕食を食べながら父親は不思議そうにトキオに尋ねた。
「お湯の中でプクプクってするとね、お母さんの声が聞こえてくるんだよ。お母さんだけじゃないよ、嬉しそうなお父さんの声も」
トキオの意味を父親が理解したのは、その日も遅くなってからだった。家事を済ませ、トキオを寝かしつけ、持ち帰った仕事を済ませ、やっと、疲れた我が身を湯船に浮かべた時だった。
この身を包む浮力のお蔭なのか。
湯船いっぱいの浮力が、まだ母親のお腹の中にいた頃のトキオの記憶を呼び起こさせたに違いない。重力という逃れようのない悲しみを、浮力がひと時でもトキオに力を与えてくれるのだ。きっとそうに違いない。そう考えると、もう二度と会うことが叶わない妻に、会いたくてたまらなくなった。
その日から父親も、トキオと同じように毎日、湯船に浸かることが楽しみになった。
小学校で初めて深いプールに出会ったトキオが、その日から水泳に夢中になったのも、ある意味、必然だったのだろう。
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