2  連れてきてしまった

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 大気を突っ切る。  凄まじい速さで飛んでいく。  目指すは、のどかな地方都市の県庁所在地の中心にある、JR駅直結の三十六階建て高層マンション。  最上階の大きなガラス窓が眼前に迫りくる。窓ガラスを突き破る勢いで飛び込む。  もちろんガラスは割れない。飛び込んだ俺とカオは実体のない意識体、シンの姿を取っているからだ。  俺が住んでいるのはここの最上階の南向き東角部屋。窓から見ゆる景色をさえぎるような高いビルはない。  北と西に山々が連なり、山裾に沿うように大きな川が流れている。南から東にかけては広大な平野だ。前方が霞んで見えないほど、平坦な土地が続いている。  すこぶる見晴らしの良いこの部屋の、夜明けの美しさは絶品だと誰しもが褒め称える。特に秋まっただ中の、澄み切った蒼穹に移行する瞬間は至高のひとときだ。  鈍色に太陽の光が混ざり始める。  空が大気に散らばる金や銀を青色に染めていく。絶妙な色合いを鑑賞できる時間帯が今。いつ見ても見惚れてしまう。  こいつも見ればいいのに。  猛スピードの空中移動に驚いたのか、足元で目を回しているカオに少しだけ同情した。  二十畳の主寝室設定であるこの部屋。二十七名のシンたちが、天井からミノムシのようにぶら下がっている。シンたちは朝陽を愛でるように、ゆらゆらとたゆたっている。  都会では瓶詰めにしているが、俺の美意識に反するので、四十名以上保管することになっても、ぎゅうぎゅう詰めでもぶら下げている。  このところの天候不順で気温や気圧の乱高下が続き、体調を崩すシンの外身が多かったらしい。九月初めに三十一名居たはずが、一昨日数えたら三名減っていた。知らぬ間に消えていた。  俺が気付かないうちに消えていたということは、外身の寿命を察知した仲間の誰かがここにあるシンを解放して、新たな外身と入れ替えたのだ。俺としては手伝わずに済んでよかった。管理するシンが減って、歓迎だ。  だが、やはりひと言でいいので連絡が欲しかった。見ているだけの俺だが、それでもそれなりに気をつけているのだ。  幸せそうな顔をしてぶら下がってるな。  見ている俺の心も和む。 「奇妙。だけど綺麗」  気分が治ったカオが傍に来た。  頭しかなかったくせに。なのにシンとして全身で出てきて。おまけに目まで回すなんて。  どこまで常識外れな奴なんだ。
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