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案外、いい子だ。
いい子が狼狽え、体をもがかせている。ここであやふやにしてしまうと、のちのち厄介なことになりそうだ。
怖い。こんなもの見たくない。
目で訴えてくる女子に、俺は心を鬼にして現実を伝える。
「これ、おまえだから」
枝に紐を留めながら、きっぱりと教える。
泥濘の中に半分埋もれて、腐りつつある頭部を指差す。額や頬骨辺りの皮膚がとろけて、ところどころ白い頭蓋骨が見えている。
白いものは他にもある。ぽっかりと開く口腔内に、これでもかというくらい、ご飯粒が押し込まれている。そのご飯粒はもぞもぞと蠢いている。目を凝らすとウジ虫がみっちり詰まっていた。
数百匹、数千匹、それ以上。数え切れないほどのウジ虫がいた。その上を数十匹のハエが飛んでいた。
口元からぼとぼとと、泥の中にウジ虫が落ちていく。耳や鼻の穴からも這い出てくる。眼球の隙間からもこぼれ落ちていた。
泥にまみれた頭部。へばり付く長い髪の一部分に、三つ編みが施してあった。それで女の子だろうと推測していた。出てきたシンがなかなか可愛かったので、しばらく相手をしてやってもいいか、という気になってしまっていた。
下心にしたくてもできない俺の厚意をわからないにしても、女子本人の反応、反論がない。
高枝にぶら下げられている女子を見遣ると、「え?」という顔をしている。
「あのな、訊くけど、おまえって生きてる?」
「変なこと訊かないでよ。わたし、しゃべってんじゃん。だから生きてるし」
「ああ。うん。そうだな」
そう言う認識がないと、俺にしゃべりかけてはこない。俺は鼻の頭を人差し指で掻く。そして反省する。
呼びかけてきた声がアイドル声だった。好みの声に懇願され、つい、自主的に面倒事に遭遇してしまった。巻き込まれようとしている。
仕方ない。もう一度、つまみ上げよう。
しゃがむと、元の位置に戻した右目をつまむ。勢いよく立ち上がる。
「うにゃにゃにゃっ」
女子がふざけているような声を発した。右目を押さえて身悶えた。巨大ミノムシがぶらんぶらんと、枝に揺れている。
「いっいきなり何すんのさ。高層ビルの高速エレベーターで急上昇したときより酷いよ」
「だからクレーム着けんなって言っただろ。俺が掴んでんのは、おまえの右目だ。わかりやすいように、これからまた元の位置に戻す。今後は急降下だ」
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