1 見つけてしまった

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 ひゃあああぁぁぁ。  今度は両手を挙げた。真っ逆さまに落ちていくときのポーズだ。ああ驚いた。というように、胸元を撫でている。  俺の目に映る女子は、繁る枝葉をすり抜けてきた月の薄明かりで見ているせいか、死者だからか。ホログラムのようにおぼろげだ。  色褪せして見えているのではっきりと模様まではわからないが、厚地の裾フリル長袖シャツとスリムデニムを着ている。真夏の服装ではない。  俺が服にこだわるのには理由がある。  雨が降る前までは猛暑だった。長袖シャツなど暑くて着られないほどだった。しかもシャツは厚地。服装に違和感がある。  死亡推定日はたぶん一週間から十日前。  ただし、これは地上で放置されていた場合の日数だ。地中に埋められていたとすれば、一ヶ月以上のタイムラグが生じる。  地中の微生物が屍肉を分解する速度よりも、地上でハエにせせられ、ウジ虫に肉体を喰われていくほうが数倍早く腐り始める。白骨化しやすい。  雨後、泥の中に居た女子は、埋められていたと思われる。土の中からいつ地上に現れてきたか不明で、死後何日経つか断定しにくい。  そしてこの服装。  夏でなく秋の先取りでなければ、春に殺されていたのかも知れない。  うら若き女性ではあるが生者ではない彼女に、状況をさっくり説明した。 「わたし、死んでる? いつ、どこで」  戸惑いつつも宙ぶらりんで居るのは落ち着かないようで、下ろしてくれというように身をくねらせる。  残留意識が俺の脳内を操り、幻視させているだけとわかってはいるが、女子の足裏が地面に着くまで紐を伸ばしてやった。  足裏が地表に着いたのに、ひざに重さを感じなかったようで、二度三度と足踏みする。  深く息を吐き、観念したように微苦笑した。目線をおもむろに自分の本体、頭部へと向けた。 「白くてもぞもぞしてるのがウジ虫っていうんだ」 「見たことないだろな」 「こんなので、でかいのはあるよ。育つとカブトムシになるって、仲良しのおじさんが育てていたな」 「カブトムシの幼虫と一緒にすると、おじさんが泣きそうだな」 「おじさんにウジ虫を知っているか訊こうと思ったけど。じゃあやめておくわ」 「そうしとけ」  カブトムシおじさんの枕元に立たないようにさりげなく誘導しておく。  で、おまえの名前はなんて言うんだ?  うっかり、訊きそうになった。   
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