1 見つけてしまった

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 俺から訊くのはまずい。  憑かれやすくなるからだ。  向こうから名乗ってくれば聞いてやる。  ……訊かずにさっさと別れてしまうのが、一番の得策なのだが。さて。 「ねえ。お兄さんも人間じゃないよね」  自分が死者だと受け止められたのか、唐突に俺を話のネタにしてきた。 「どうしてそう思うんだ」 「わたしの頭は泥まみれなのに、幽霊のわたしはどこも汚れていない。体がないのに、ここに居るわたしは以前のままのわたしみたいだ」  そう言うと、女子は俺を上から下へと眺め回す。俺を指差して嗤う。 「あなたもまったく汚れてない。そして靴も履いてない。素足って、どういうことなの? ここ、どう見ても森の中だよ」  核心を突いてきた。  そうだ。俺は雨上がりの山を歩き回っていた。それなのにどこも濡れておらず、泥はね一つない。  天然ウェーブで耳を隠すほど長めの黒髪も、五分袖ハーフパンツのスウェット室内着もきれいなままだ。そして指摘通りの素足。肌寒くなってきた秋の夜に、山中を捜索する者の装いではない。  しかも注意深く見れば、俺は宙に浮いている。一・二センチの隙間が、足裏と地面との間に存在していた。  わずかな月明かりの中、女子に気づかれないようにしていたが。誤魔化せていたが。  じつは俺の体は透き通っている。  普通の人間の目では、俺は見えない。  首だけ女子が生きていないから。意識の残滓を漂わせていたから。俺に気づいた。俺は気づかれてしまった。  そう言うわけだ。  俺は肩をすくめる。開き直る。 「俺は死んではいない。だから幽霊なんかじゃない。幽体離脱とは少しばかり違うが、その親戚みたいなもんだ。生きてる体から、意識だけを抜いて動いてんだよ」  生身の体で腐った頭を見つけていたら、鼻がもげそうな異臭で辟易としていただろう。  異様な臭いに気づき、やばいモノがあると 察して近づかなかった、とも思えたが。 「それじゃお兄さんは自分の家に帰れるんだね」 「帰ろうと思えば、今すぐにでもな。おまえも帰ればいいさ。この紐を切れば、ゆかりの地に行ける」  たぶん。  行っても歓迎されない気もするが。そこは俺の管轄外だ。縛り付けられていた土地から解放してやった。それだけでもありがたいと思ってもらいたい。 「では、頭から紐を外してやろうな」 「ちょっと、待って」 「まだ何かあるのか」  
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