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俺から訊くのはまずい。
憑かれやすくなるからだ。
向こうから名乗ってくれば聞いてやる。
……訊かずにさっさと別れてしまうのが、一番の得策なのだが。さて。
「ねえ。お兄さんも人間じゃないよね」
自分が死者だと受け止められたのか、唐突に俺を話のネタにしてきた。
「どうしてそう思うんだ」
「わたしの頭は泥まみれなのに、幽霊のわたしはどこも汚れていない。体がないのに、ここに居るわたしは以前のままのわたしみたいだ」
そう言うと、女子は俺を上から下へと眺め回す。俺を指差して嗤う。
「あなたもまったく汚れてない。そして靴も履いてない。素足って、どういうことなの? ここ、どう見ても森の中だよ」
核心を突いてきた。
そうだ。俺は雨上がりの山を歩き回っていた。それなのにどこも濡れておらず、泥はね一つない。
天然ウェーブで耳を隠すほど長めの黒髪も、五分袖ハーフパンツのスウェット室内着もきれいなままだ。そして指摘通りの素足。肌寒くなってきた秋の夜に、山中を捜索する者の装いではない。
しかも注意深く見れば、俺は宙に浮いている。一・二センチの隙間が、足裏と地面との間に存在していた。
わずかな月明かりの中、女子に気づかれないようにしていたが。誤魔化せていたが。
じつは俺の体は透き通っている。
普通の人間の目では、俺は見えない。
首だけ女子が生きていないから。意識の残滓を漂わせていたから。俺に気づいた。俺は気づかれてしまった。
そう言うわけだ。
俺は肩をすくめる。開き直る。
「俺は死んではいない。だから幽霊なんかじゃない。幽体離脱とは少しばかり違うが、その親戚みたいなもんだ。生きてる体から、意識だけを抜いて動いてんだよ」
生身の体で腐った頭を見つけていたら、鼻がもげそうな異臭で辟易としていただろう。
異様な臭いに気づき、やばいモノがあると
察して近づかなかった、とも思えたが。
「それじゃお兄さんは自分の家に帰れるんだね」
「帰ろうと思えば、今すぐにでもな。おまえも帰ればいいさ。この紐を切れば、ゆかりの地に行ける」
たぶん。
行っても歓迎されない気もするが。そこは俺の管轄外だ。縛り付けられていた土地から解放してやった。それだけでもありがたいと思ってもらいたい。
「では、頭から紐を外してやろうな」
「ちょっと、待って」
「まだ何かあるのか」
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