1 見つけてしまった

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「わたし、どこに帰ればいいか、わかんない」  手を枝へと伸ばす俺に、女子が焦る。  そうそう要望には応えられない。  だが少しくらいなら聞いてやる。  俺はホトケではないのだが、仏心を出す。 「方向オンチか。住所を言えば、近くまで送ってってやるよ」  なんて親切な俺だ。乗りかかった船。そこまでは面倒みよう。自己陶酔しながら、提案する。 「同棲してたならそこへ。親とか兄弟の住んでる家とか。勤め先。難しく考えないで、好きなところでいいんじゃないか」  元や今のカレシ。友人知人たち。どこかに行けば人間関係を手繰り寄せられる。殺された起因に辿り着けることもある。犯人に直接文句を言いに行けば、早期解決につながる。効果的だ。  バラバラにされている以上、通り魔の可能性は低い。多少なりとも顔見知りであるはずだ。  さあ、どこに連れて行けばいい?  揉み手する勢いで、シン状態の女子に訊く。 「それがね。住んでいた場所どころか、自分の名前もわかんないんだ、わたし」  女子が上目遣いで俺を見上げてきた。  マジか。  俺は思わず天を仰ぐ。  カブトムシのおじさんは覚えていたくせに、名前や住所などの個人情報を保管している部位の脳が、殺されたときに壊れてしまったのか。  もしくは脆弱な状態であった死者のシンを生者同様に引き抜いた衝撃で、忘れてしまった。  また厄介な。  上手く誤魔化して紐を切り、さっさとずらかってしまおう。  そのとき、俺がいじった右目がウジ虫に押し出された。どろりと泥の中に垂れ落ちた。  落ちた目が俺を見つめている。  どこかでこう言う場面を見た覚えが。  アニメ。漫画雑誌。確かあれは墓場で。  いやそんなことよりも。  本物の目は泥の中にあるというのにどうして、木にぶら下げられている奴が,上目遣いで俺を見ていられるのだ? こんなこと俺は初めての経験だ。  ああもう。わかった。  負けた。全面降伏だ。  俺は女子の紐を枝から外す。手に持つ。 「俺んちに居てもいいのは、おまえの身元が判明するまでだからな」 「ありがとう。路頭に迷うとこだったよ」  意外にもお礼を言える素直な良い子が喜んだ。  腐っている頭部が地表に出ている。  道からそれほど外れてはいない。  キノコ狩りに来た人が見つけてくれる。  犬を連れていたら確実に見つけてくれる。  
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