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鼓動が波打ち、心に不穏な感情が漂い始めたようで、眉根を寄せた。
香水は付けておらず、思い当たる原因と言えばひとつしかなかった。
匂いが付く程なんて……白昼の事件を脳内で再生する。
揉み消しでもしたかったが、一寸であろうと創一さんとの距離をゼロにしてしまったのは事実だった。
「……射場係長……?」
「…………」
わたしの態度から感付かれてしまったのかも知れない。
言い当てられて、苦い胸の内が一層顔に出てしまっただろう。
それでも肯定したくなくて、答えあぐねたその時、テーブルの上でスマートフォンが着信を告げ振動した。
今度はわたしの物だったが、画面に浮かび上がった連絡先は目を凝らさずとも見えてしまっただろう。
その瞬間、執着しているのはわたしだけではないと確信した。
電話の相手もまた、わたしに執着している──
騒ぐ胸元を押さえ、眉間を寄せたまま動けずにいると、隣から淡々とした口ぶりで届いた。
「出て良いよ。……小椋さんが、出たいなら」
切れ長の、だけど力のある瞳に囚われたような感覚に陥る。
胸が締め付けられて、膝の上で拳をきつく握り締めた。
震えそうな唇を噛み締める。心が痛んで泣きたくなるのは、何故なのだろう。
答えられずにいると、続きを捲し掛けられた。
「小椋さんは、どうしたい? ……今、射場係長の電話に出て、気持ちを通わせたい? 会いに行きたい? それとも……別れたいの?」
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