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幾ばくもなく駅へと到着した。
地下へ続く階段を降りると、既に電車が扉を開けて待っていた。
「じゃあ、お疲れ。気を付けて」
「……中薗さんも。ありがとうございました」
お辞儀をすると、逆方面へ向かう彼が手を振って見送ってくれる。
発車のベルが鳴り始めると、正面のホームにも車両が滑り込んで来た。
扉が閉まった瞬間、背後から巻き起こった風を受けて中薗さんの髪が靡いた。
発車の揺れを感じながら、遠のいて行く彼を目で追い掛ける。
姿が見えなくなると、ポールをぐっと握り足元に力を篭めた。
どういうわけか、またしても泣きたくなった。
どの身分で唇を噛んでいるのかと、瞼を伏せた。
これ以上、踏み入っては行けない。
電車が地上へ昇って行き、暗い窓の向こう側に街の灯りが煌く。
決定的に越えてしまう前に線を引かなければならないと、静かに決意を固めた。
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