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すべての作業が終わった頃には、辺りは真っ暗だった。
百々子と陽一がホールの関係者用裏口から外へ出ると、横浜港の海面が月灯りに照らされるように煌めいていた。
3月はもうすぐ終わろうとしているというのに、
夜は気温が低く、真冬のような寒さが続いている。
冷たい風が吹き寄せ、あまりの寒さに思わず首をすくめ、マフラーに顔を埋める。
「日中は春めいてきたけど、夜はまだまだ冷えるね」
背中を丸めながら困ったように陽一が笑う。
百々子も微笑みを返して頷いた。
「月岡さん、帰りは電車だったよね?
桜木町駅まで送るよ」
いつもなら桜木町駅から横浜駅へ向かい、
一旦乗り換えて保土ヶ谷駅のルートで帰路につく。
だが、この日だけは違った。
「ありがとうございます。
でも、今日は寄りたい場所があるんです」
真っすぐ陽一を見据えると、いつもとは異なる雰囲気を感じ取ったのか、陽一は静かに尋ねた。
「聞いてもいい?
……どこに向かうの?」
「思い出の場所です」
遠い昔を思い返しながら、百々子は強く噛みしめるように答えた。
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