第1章 かくして俺は転職を決意した

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テレビの情報番組でアナウンサーが、『積雪にならないうちに早めの帰宅を』と叫んでいる。 俺はリモコンを手に取り、テレビの電源を消し、そのかわりにCDプレイヤーの電源をオンにした。 斉藤和義の『やさしくなりたい』が6畳のリビングに響く。今日、もう何度繰り返し聴いたか分からない。俺はこの曲が好きだった。 何年も前に放映されたテレビドラマの主題歌だったらしいが、テレビドラマに興味のない俺はどんなドラマにこの曲が使われてかは知らない。 イントロのギタリフが二日酔いの痺れた頭に染み込んでゆく。昨日も会社の同僚と酒を飲み、家に着いたのは午前2時を回っていた。 ここのところ酒量は増える一方だ。 『退職届』 俺は改めて4枚複写の用紙を見つめた。この紙切れを会社に出せば全てが終わる。 今まで積み上げてきたものを一度清算し、新たな一歩を踏み出す。 あの街にいた頃は、数年後、こんなものを自分が書くことになるとは、思いもよらないことだった。あの街を出てから今日までの時の流れは、俺にとっては永遠でもあり一瞬でもあった。     
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