第1章 かくして俺は転職を決意した

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平衡感覚を失ったような混濁した記憶は、ひとつの小さな棘となって、俺の心に刺さったままだ。刺さった棘を抜けば血が出るのは当たり前だ。しかし、このまま心に棘が刺さったまま、今の仕事を続けることはできない。 出血を怖がっていては棘は抜けない。 そして、棘を抜くためには、今の会社を辞めるしかない。他の手段はもう俺には残されていないのだ。 俺は傍に置いてあるボールペンをノックし、退職届の用紙を埋めてゆく。 自分の名前を書き入れるところで、インクが掠れてうまく書けない。ボールペンのインクがなくなってしまったのだろうか。 テーブルの上に放置してあった新聞を脇に引き寄せ、そこに何度か試し書きをしてみる。やっぱりうまくインクが出ない。 ちっ。 ボールペンが退職届を書くことを拒否しているように思えた。 【今ならまだ後戻りできる。】 心の棘を抜いた後の出血が酷ければ、死んでしまう。それより、心の棘が刺さっていることを無視して現状維持の人生を歩んだ方が楽なんじゃないか。 一瞬、そんな思いが脳裏をよぎる。 俺は大きく首を左右に振る。 強くなりたい、 強くなりたい、、、 斉藤和義が歌っている。 俺は逃げるわけじゃない。これ以上、自分を誤魔化して生きていくのはまっぴらごめんだ。 この会社で働き続ける限り、俺は自分を誤魔化し続けるだろう。 そう、 【俺が変わったわけじゃない。 会社が変わったのだ。】
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