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景壱の声が遠くで聞こえているように感じました。目の前では、人形が包丁を握り締めている場面。あまりの残忍さに目を逸らしてしまいます。匣から顔を離すと、景壱が新たな匣を手に持っていました。
「お気に召さなかった?」
「あまり……」
「そう……。なかなか面白い見世物やと思ったんやけれどな。じゃあ、これをどうぞ」
今度はオレンジから赤色のグラデーションがかかった匣。自分は先程と同じように匣を覗き見ます。病院でしょうか。白い天井に白い壁。質素。ラフな服装の先生が現れて、自分と話をしています。自分は誰かの視点になっているようでした。夕方になると、先生は出て行きました。廊下で何かが騒いでいる声がします。自分は廊下へと出ます。そこには、先生と紅い瞳をした女がいました。女は笑いながら自分に近付いて――ここで自分は匣から顔を離しました。
「ククッ。どうかした? 顔色が悪いみたいやで」
「いったい何ですか? この匣は」
「大切な商品。猥雑で、珍奇で、禍々しい。日常とは離れた非日常を提供するのに必要不可欠」
「もっと心穏やかになるような匣はありませんか?」
「あるかもしれないし、無いかもしれない。俺にはわからない。あなたが心穏やかになれるような物語が何なのかを俺は知らない。だから、俺は知りたい。俺は教えて欲しい。あなたの事を知りたい。でも、それには、時間が必要。それには……ま……多くの時間が……」
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