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「わしは、いつかこんなことになるのではないかと案じておったのじゃ」
と、道場に出入りの老医師は顔を曇らせた。
弥之介は、氏素性も知れぬ孤児であった。
六つか七つくらいの時に、道場の門前でぼろ雑巾のようになって倒れていたのを保護されたのだという。
丁度大火の後であり、それで二親とはぐれたものと目されたが、当人は全ての記憶を失っていた。
唯一、気を取り戻す直前に「やのすけ」と人の名らしきものを口走ったことからそう名付けられ、そのまま道場で養育されることになったのは、身なりや口の聞き方が武士の子らしかったということもあったが、遅く迎えた妻女を産褥で失い、残された赤子を溺愛しながらも手を焼いていた幸右衛門にとって、丁度良い子守が舞い込んだように思われたからだ。
だから、長じてからも弥之介は、家事一切から下男仕事のようなことまで全てを一人で引き受け、道場では代稽古もすれば門人達の雑用までをも請け負って、いつも忙しく働いていた。
恩もあり師父とも言える幸右衛門の元でなら、それも良かっただろうが、この先、関口のような自分よりも腕の劣る男に、使用人のように扱われていられるものだろうか、と。
どんなに剣の腕が立っても、それで身の立てられる時代では無い。
道場を開くには莫大な金が掛かるが、弥之介には何も無い。
そもそも、朝から晩まで働いても、内弟子に給金などというものは無く、身寄りのない弥之介は、道場を出て行くことすらままならない境遇だったのだ。
「わしはいずれ、あの子をもらい受けようと思うていたのだよ」
剣術は、続けたければ続ければ良いが、今のままでは一生飼い殺しだ。
道場の雑用という雑用は全て、弥之介の受け持ちだったから、激しい稽古で怪我人が出れば、ちょっとしたことなら手当てもするし、弟子の一人も持たない老医師の助手も務める。
「あの子は、筋が良かった。腕が立つだけあって、人の身体という物をようく分かっていた。じゃが、いささか遅かったようだ――」
自身も元は剣客だったという金創医は、そう言って悔やんだ。
※金創医……金創とは刃物傷のことで、主に外傷専門の医者です。
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