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(俺は、弥之介の何を知っていただろう……)  調べれば調べるほど、考えれば考えるほど分からなくなる。  弥之介の親しい友と言えば自分くらいと自負していたが、十年来の付き合いだというのに、会えばひたすら剣を交えるばかりでゆっくり語り合ったことなど一度も無い。  弥之介が何を思って日々を暮らしていたのかなど、考えもしなかった。  知っているのは、にこにこと楽しそうに剣を握る、溌剌とした姿だけだ。  美穂は、その後ひっそりと遠国(おんごく)へ嫁いだという話で、やがて幸右衛門も道場を閉め、姿を消した。  弥之介の行方は、杳として知れない。  おそらく、既にこの世のものではないのだろうと庄太郎は思い始めていた。  理非はともかく、人一人斬ってそのまま済むものでは無い。事情はどうあれ、武士が刀を抜くには相応の覚悟が必要なのだ。師やその娘にまで迷惑をかけ、のうのうと生きていられるものではない。  ところが――  噂は、本所深川廻り同心から、聞こえてきた。  近頃とみに増えた無頼の浪人達が、徒党を組んで悪事を働く。  元の身分は武士でも、主家を持たない浪人者は、町奉行所の管轄だが、本所深川には廃寺や空き屋敷が多く、そこへ潜り込まれると迂闊に手を出せないので苦慮しているという。  五、六人とも、七、八人とも、尾鰭が付いて十人以上という話もあったが、とまれ、こんな輩にも縄張り意識があるものか、一人を大勢で取り囲んで、因縁を付けた。  あっという間だったらしい。  取り囲まれた薄汚れた風体の小柄な浪人者は、瞬く間に全員を叩き伏せた。しかも、本身を相手に荒削りの木刀で、である。  無論、徒党を組んだ無頼浪人の集団も厄介だが、恐ろしく腕が立つというのは、それだけで脅威だ。どうやら隠密廻りが、目を付けているそうだ……と。  小柄な、恐ろしく腕の立つ浪人者――  庄太郎は、ぎりりと奥歯を噛みしめた。
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