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飲んで気が紛れるわけではなかったが、酒は、手が震える事についての言い訳にはもってこいだった。
関口次郎右衛門は、病死として処理されたので、表向きには弥之介が罪に問われることは無かったが、どんなに隠蔽してもそういった噂は広まるもので、あれが人一人斬った男だと、剣呑な仕事を持ち込んでくる者もあれば勝負を挑んでくる者もあったが、今や酒に溺れ酒毒に犯され手が震える男だということになり、やがて誰も相手にしなくなっていった。
はじめは棒っ切れさえいけなかったが、近頃では随分落ち着き、本身でさえなければ震えは来ない。しかし、木剣を握れるようになった所で、剣術は出来ない。剣術をやるには、相手がいる。そして……
(俺の相手は、庄太郎しかいないのだから)
時には一人、庄太郎を想定して技を練ってみたりもするが、もう二度とまみえることもあるまいと思えば、それも虚しい。
虚しいから、また酒を飲む。
こんな暮らしをしていても、人はなかなか死なないものだ。
それとも……
これは、呪縛だろうか。
いきなさい。
イキナサイ。
生き────
だとしたら、なんと無慈悲な呪いだろう。
生きる意義など何一つ見いだせないのに、ただ屍のように、生きている。
何かに導かれるように弥之介は、ふらふらと千鳥足で歩いていた。
また、あの日がやって来る。
きっと、今頃は、満開だろう。
あの日のように。
桜花は、きらいだ――
一体どうして、あんなことになったのか。
結局のところは、自分が悪かったのだと思うより仕方がない。
始めから終いまで、何もかも己の考えが足らなかったのだと言うより他無い。
桜花は、きらいだ――
――ふわり、と。桜花が香った。
おぼろな月の光のもとでは、血潮の色に咲く桜花も、煙るように白く闇に浮かんで見えた。
その下に、先客がいた。
とくんと心の臓が跳ね、期せず笑みが浮かんだ。
体は、自然に動いた。
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