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「そんな、馬鹿な――!」  小森庄太郎は、思わず声を荒らげた。  師に対してこのような物言いをしたのは、生真面目と謹厳実直の固まりである彼にとっては、おそらく初めての出来事だった。  弥之介が、関口殿を斬って出奔しただと?  とても、考えられない。  あの、弥之介が、である。 「一体、なにゆえでございますか」  友として、誰よりも弥之介のことを分かっているつもりであった。  弥之介ほど欲も得もなくまっすぐな男を、他に知らない。 「わしが見つけた時、関口は既に事切れておったし、弥之介の姿はなかった。書いたものも残っておらぬ」  道場主の乾幸右衛門は、沈痛な面持ちで、首を横に振った。  ともあれ、昨夕、使いに出した弥之介の帰りがあまりにも遅いので、様子を見に出た幸右衛門が、道場のすぐ裏手にある小さな稲荷社の脇に立つ桜の古木の前で、斃れている関口次郎右衛門を発見したものらしい。  遺体を見たいと思ったが、もう関口家の者によって引き取られた後だという。  弥之介の剣は、知り尽くしている。残された太刀傷を見ることさえ出来れば、それが弥之介の仕業か否か、分かる自信があったのだが。 「関口殿のご遺体を見つけられたのは、 先生だと伺いましたが、傷の具合は……その、まことに、弥之介がしてのけたものだと――?」 「黙れ! わしは、真剣での斬り合いなど、誰にも教えた覚えはないわ!」  さすがというべき大喝に、思わずはっと平伏したが、その語尾が僅かに震えるのを聞いた。無理もない。娘婿となるべき男と、幼少時から息子のように目をかけてきた男を、二人同時に失ったのだ。  それ以上、もう何も言うことが出来ずに庄太郎は、師の前を下がった。
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