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(ここか――)  庄太郎は、関口が斃れていたという稲荷の祠の前にそびえる大きな桜の木を振り仰いだ。  それは普通の桜よりも花色の濃い緋桜で、まるで、ここで流された血潮を吸い上げたかのように見えた。 (……美穂殿、なのか?)  関口は、幸右衛門が愛娘、美穂の婿に選んだ男で、美穂の厄が明ける来年を待って祝言を挙げ、ゆくゆくは道場をも引き継ぐことになる筈だった。  はじめてそれを聞いた時、庄太郎は驚いた。内福な大身旗本の三男という話で、人当たりは良く鷹揚で万事如才の無い男だったが、剣の腕は、庄太郎に言わせれば大したことは無い。  美穂と一緒になってこの道場を継ぐのは弥之介であろうと、なんとなく思い込んでいたのだ。  弥之介はこの道場で唯一の、住み込みの内弟子であり、腕も抜群だった。  美穂とは六つか七つ違いで年回りも丁度良かったし、幼少時から馴染んでいたから弥之介によく懐いていて、「弥之介、弥之介」と道場まで後を追ってきては、なにやら頼み事などしている微笑ましい姿をしばしば見かけたものだ。  もちろん、美しく成長した今となっては、道場のほうへ姿を見せることもほとんど無くなってはいたが――  そんなわけで、二人の間に諍いが起こるとすれば、道場の跡目争いか、あるいは純粋に美穂を争ってかということになるのだろうが、到底信じ難いことだった。  なにしろ弥之介は庄太郎の知る限り、いわゆる剣術馬鹿であり、女だの金だのといったものに対してはえらく無頓着だったからだ。 ※美穂の厄が明ける来年を待って……つまり美穂は数え年の十九歳ということです。
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