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 桜花は丁度満開で、散り敷く花びらが、惨劇の痕跡を覆い隠そうとしているかのようだった。  いや――痕跡は、人の手によって隠されたのだ。  仮に双方同意の果たし合いであったとしても、これは私闘で、表沙汰になれば、当人ばかりでなく、関口家や道場にも、累が及ぶことになるからだ。  朝になっても弥之介は戻らず、こんなことは、もちろんこれまで一度もなかったことで、やはり弥之介がしてのけたことだと断ずるより他はなく、関口家には、私怨ではなく剣客としての果たし合いの結果であると伝え、遺体を引き取らせた――とのことだった。  弥之介が出奔していることもあり、関口家がそれで納得したかどうかは分からないが、それでもやはり、間もなく病死として届けを出すだろう。  この桜は、一部始終を見ていたのだろうか。  桜が口をきければ、全てが明らかになるだろうに――  庄太郎は、桜の木の根方で手を合わせ、瞑目した。 (……これは?)  桜が隠していたのは、小さな遺留品だった。  白い薄紙に包まれたそれは、桜の花弁に紛れて先生の目を逃れたのだろうか。  拾い上げてみると、中には女が身につける類の匂い袋が入っていた。  この近辺でこのような物を持つといったら、むろん美穂を置いて他にはいないわけだが、紙包みのままということを考えると、おそらく買い求めたばかりの品だろう。 (関口殿ならば、こういった物で女子の機嫌を取るくらいはするに違いない――)  しかし、ここは道場の裏手とは言っても、実際には幸右衛門と美穂が起居する母屋の裏手にあたり、門人達がこちら側に回ることはあまりない。娘婿たる関口ならば、堂々と表から訪ねて行けば良い身分なのだ  庄太郎は、ぼんやりと裏庭の枝折戸を眺めた。  この裏口を主に使っているのは弥之介だった。  他は、出入りの物売りか、美穂が稲荷に詣でる時くらいにしか使わない、と聞いたことがある。試みに押してみたが、動かなかった。おそらく、内側から桟が下りているのだろう。
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