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「呪いですよ」  大真面目に女は言った。 「あの桜はね、沢山の人の血と怨念を吸ってあんな色に咲くんです。木の下に、死体が埋められてる、なんて話もあるくらいで――」  かつてそこに住んでいた豪農の家で陰惨な事件が起こり、一家が死に絶えた空き屋敷を乾幸右衛門が安く買い取り道場に改築したのだと、眉をひそめる植木屋の女房を適当にあしらって礼を言い、小粒を握らせる。  関口次郎右衛門は、急な病による病死と公儀に届けが出され、道場の門人達にもそのように伝えられた。  弥之介については、単に出奔したとだけ伝えられ、誰かが女でも出来たのだろうと言って、皆それでなんとなく納得した。弥之介は、小柄で男にしては色白の優しげな顔立ちをした、ちょっと人目を引く美男だったからだ。  師が特別に自分を呼んで詳しい事情を話したのは、弥之介の親しい友だからということだけではなく、まだ家督前の見習いとはいえ町奉行所の役人だからだ――と、庄太郎は理解した。こういった事情だが町方には届け出ず内々に済ますから、含んでおけということだ。  事を荒立てるつもりは毛頭無かったが、庄太郎は密かに事件を調べていた。  父は定廻り同心で、庄太郎自身にも多少はその心得がある。町方同心は本来一代限りの建前なのだから、ましてそのお役が世襲である訳はないのだが、こうしたことには特殊な知識や人脈の蓄積が物を言う。それらは結局父から子へと受け継がれ、実際にはほとんど世襲と変わりない。  どうしても、納得が行かなかったのだ。  もう一度弥之介に会い、事の次第を問い糺したくもあったし釈明があるなら聞きたかった。いや、そもそもあれは本当に弥之介が為した事なのか――
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