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「美緒ー!」
後ろから聞こえてきた声にわたしは身を翻した。玄関前で待つこと約5分。奴は今日も遅刻をする。
「わりい、ちょっと遅れた」
自転車にまたがり、顔の前でぱんっと両手を合わせるこの男。小学校からの腐れ縁であり現在もクラスメイトであり続ける成瀬隆太郎だ。
「また遅刻ー? もーしっかりしてよね」
「いーだろ、まだ時間余裕なんだから。今時1時間前登校するやつなんかいねーって」
「早く行ってるのは隆太郎のためでしょ! 宿題やってこないんだから!」
「へーへーそれは悪うございますねえ」
この隆太郎のすました顔。これには本気でむかつく。
わたしは無言のまま手に持っていた鞄を思い切り振り上げた。
「いってー!」
ばこん! というものすごい音がして、そのあとすぐ悲痛すぎる悲鳴が上がる。
顔面を抱える隆太郎にわたしは鼻をふんっとならすと、痛がる彼を無視して自転車の籠の中に鞄を放りこんだ。
「お前なあ、それぜってー辞書入ってるだろ辞書! ざけんなよー。って美緒! 聞いてんのか!」
いつもの定位置。自転車の後ろに腰をかけ、わたしは隆太郎の背中をばしばしたたく。隆太郎が騒がしいのはいつものことなのでこんなこともしょっちゅうだ。いちいち反応なんてしていられない。
わたしは隆太郎の腰をぎゅっと掴むと、さっきの出来事ですっかり晴れた気分を全面に押し出した口調で口を開いた。
「しゅっぱーつ」
ぎろっと、隆太郎がわたしを睨み付けてくる。自分だけがものすごく痛い思いをしたのが気に入らないんだろう。
うーん気分は最高にいい。目も覚めるような晴天に、すがすがしい朝の風。自然と笑みがこぼれてくる。
「ったく……」
にこにこと笑っているわたしを見て、隆太郎は呆れたように息をついた。そして仕返しといわんばかりにわたしの髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜてくる。
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