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【Old age】
煙草を止めようと心掛けた事は、還暦を目前に控えた今の今まで、一度も考えたことはなかった。
片倉(かたくら)惣一(そういち)はそう顧みる。
それを決意したのは、昨今の趨勢による禁煙ファシズムではなく、はたまた体の健康面を気にしてという意味でもなく、ましてやこれから迎える六十五歳の定年退職を分水嶺としている訳でもない。言うなればある種の強迫観念が発端だった。
ある種。
そのある種に対して片倉は、深く考えようとはしない。一時的な防衛本能が脳裏に働く。これから迎えるセカンド・ライフ。さしあたっては自らに変化を求める事を最優先とする。内容、中身は何でもいい。充実さえすれば。
兎に角にも、自己を改革すること。変革すること。それに腐心しているうちに、片倉は禁煙という手段を、半ば強引に導き出してしまった。
〈棺桶に片足以上に突っ込んでいるこの年齢にして、似合わん事は分かっているが〉
片倉は自嘲気味に思う。
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