Chapter1 初恋の人

19/44
前へ
/103ページ
次へ
「今日は奈々ちゃんが何か弾いてよ」 鈴木くんはにこにこして言った。 「えっ……わたしは下手だからいいよ」 「俺言ったでしょ?奈々ちゃんのピアノ好きだって。伴奏なんかじゃなくて、ちゃんと聴いてみたい。ね?」 わたしは断るという行為が、とにかく苦手中の苦手なのだ。 その相手が、好きな人なら尚更だ、嫌なんて言えるわけがない。 鈴木くんが立ち上がって空いたピアノの椅子に、わたしはゆっくりと腰を下ろした。 鈴木くんは、わたしのすぐ後ろに立った。 「曲、なんでもいいの?」 わたしは彼を振り返って訊いた。 「うん、いいよ」 「ほんとに下手だけど、いいの?」 「あはは、大丈夫だって」 「うーん、わかった。じゃあ……」 わたしは前を向いて、すぅっと息を吸い込んだ。 わたしが選んだのは、ショパンのノクターン第2番。 とてもロマンチックな曲だ。 わたしが演奏している間、鈴木くんはずっとすぐ後ろで黙って聴いていた。 「やっぱり、奈々ちゃんのピアノいいね」 わたしが弾き終えると、鈴木くんはそう言ってパチパチと拍手をくれた。 「そ、そんな、拍手なんて……」 恥ずかしくなって俯くと、鈴木くんはくすくすと笑った。
/103ページ

最初のコメントを投稿しよう!

333人が本棚に入れています
本棚に追加