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「ねえ、やっぱり鈴木くんがなにか弾いてよ」
「はは。りょーかい」
鈴木くんがそう言ってくれたので、わたしは椅子から立ち上がった。
「嬉しい。なに弾いてくれるの?」
「さあ、なんでしょう」
ピアノの前に座った鈴木くんは、いたずらっ子みたいに笑って言った。
「たぶん奈々ちゃんも知ってるよ」
「ほんと?」
「うん。有名な曲だから」
そうして始まった曲は、シューベルトの「セレナーデ」だった。
鈴木くんの奏でる音は、やっぱりやわらかくて切なくて、なんだか泣きたくなった。
セレナーデは恋の歌。
もともとは小夜曲のことだけれど、恋人のために奏でる楽曲をセレナーデと言うのだそうだ。
たぶん、わたしがノクターン、つまり夜想曲を弾いたから、お返しに小夜曲を選んだのだろう。
……でも。
鈴木くんが、わたしのためにセレナーデを、恋人に贈る曲を弾いてくれている。
それが、どれだけ幸せなことか。
今だけ、今だけでいいから。
あなたの恋人の気分でいていいですか?
◇◇◇
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