Chapter1 初恋の人

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「ねえ、やっぱり鈴木くんがなにか弾いてよ」 「はは。りょーかい」 鈴木くんがそう言ってくれたので、わたしは椅子から立ち上がった。 「嬉しい。なに弾いてくれるの?」 「さあ、なんでしょう」 ピアノの前に座った鈴木くんは、いたずらっ子みたいに笑って言った。 「たぶん奈々ちゃんも知ってるよ」 「ほんと?」 「うん。有名な曲だから」 そうして始まった曲は、シューベルトの「セレナーデ」だった。 鈴木くんの奏でる音は、やっぱりやわらかくて切なくて、なんだか泣きたくなった。 セレナーデは恋の歌。 もともとは小夜曲のことだけれど、恋人のために奏でる楽曲をセレナーデと言うのだそうだ。 たぶん、わたしがノクターン、つまり夜想曲を弾いたから、お返しに小夜曲を選んだのだろう。 ……でも。 鈴木くんが、わたしのためにセレナーデを、恋人に贈る曲を弾いてくれている。 それが、どれだけ幸せなことか。 今だけ、今だけでいいから。 あなたの恋人の気分でいていいですか? ◇◇◇
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